テクニクスが昨年発売したネットワーク/SACDプレーヤー「SL-G700」は、SACDに加えMQA-CDやネットワーク再生など、幅広いソースに対応する多機能さも特徴の一つだ。当サイトでは、同社のCTOである井谷氏を交えた鼎談を掲載したが、その中で評論家の鈴木裕氏はSL-G700について「一番の魅力は音が良いことだ」と語っていた。本項ではそんな鈴木氏による、詳細なサウンドインプレッションをお届けしよう。
テクニクスのネットワーク/SACDプレーヤー「SL-G700」。SACD/CD、MQA-CDの対応に加え、ネットワークプレーヤーにもなり、加えて各種ストリーミングサービスにも対応しているなど、その多機能性が大きな特徴だ。
多機能性ももちろん重要だが、筆者が特に評価したいのは「音が良いこと」だ。それなくしては、いくら多機能でも、オーディオファンや音楽ファンの気持ちに訴えることはできないんじゃないだろうか。
今回は実際の試聴を通して、その「音の良さ」について紹介していこう。テストは音元出版試聴室で行なった。リファレンスシステムはアキュフェーズのプリアンプ「C-3850」とパワーアンプ「M-6200」、スピーカーはB&W「803D3」という構成だ。
ノイズ対策による端正さだけでなく、音楽信号自体の強さを感じる
最初は普通のCDでの試聴だが、まず「Pure Disc Playback」モードのON/OFFを試してみる。ONにすると、ネットワーク機能など、CD再生に必要な回路ブロック以外の電源がシャットダウンされる。これによってディスク再生の音質を高める、SACD/CD再生専用モードだ。
初期設定ではOFFで、この状態で聴いても何の問題も感じないが、ONにすると空間の透明度が増し、音自体にある暴れがきれいに収まる感覚がある。「音の純度が上がる」という言い方をしてもいい。
これをONにした状態で、竹内まりや『Quiet Life』から「シングル・アゲイン」を聴くと、まずノイズフロアの低さもあって、音像の形や音の端正な色彩感がきれいに見えてくる。ストリングスの高域を聴くと高周波ノイズの影響を受けているかどうかを判別しやすいのだが、この状態だと「シーン」ではなく「ヒーン」という、本来のニュアンスで聴こえてくる。
エリック・クラプトン『アンプラグド』では、オーディエンスの拍手の一人一人の音が良く立っている。分解能が高い上にエネルギー感が強い。このディスクではクラプトンがリズムを足で取っている最低域の成分が木製の床に響いており、その音像や低音の立ち上がり方などがひとつのチェックポイントなのだが、この最低域がきちんと見えている。また、肌に直接感じさせるような音の圧が強めだ。こうしたところを聴くと、さまざまなノイズ対策を施したS/Nの良さだけでなく、信号自体の力強さのようなものを感じる。
再生音の傾向を技術的に分析すると、D/A変換後のフィルター回路として搭載している、独自ディスクリート構成のアンプモジュールが効果を発揮しているように感じる。この部分に低雑音トランジスタや薄膜抵抗を採用することで、回路内部に発生する雑音を抑制し、動作電流を大きく取れることが、積極的な音作りを後押ししているのではないだろうか。
それが分解能やエネルギー感の高さ、低域・最低域の「圧」をきちんと出せるプレーヤーの表現力につながっていて、上っつらの音ではなく、より踏み込んだ、彫りの深い、生々しい表現を獲得している。このことを特筆しておきたい。
高精度なD/A変換がSACDの広帯域/広ダイナミックレンジを見事に表現
続いてSACDを聴いてみよう。アバド指揮ベルリンフィルの『ジルヴェスター・コンサート 1997』よりトラック2。ビゼーのオペラ『カルメン』のアリアを、アンネ・ソフィ・フォン・オッターのソプラノで聴いてみる。指揮者、オーケストラ、ソプラノ、そして合唱隊のやりとりやテンポの微妙な変化が面白い曲だが、その部分の再現性が高く、演奏に引き込まれていく。またホールの空間の雰囲気も実にリアルだ。
次に聴く『アコースティック・ウェザー・リポート2』は、クリヤマコト(p)、納浩一(b)、則竹裕之(ds)のトリオ。マスターはDSD 11.2MHzによって同時録音されていて、SACD層はソノマによって録音されたDSD 2.8MHzを収録。三者のインタープレイの空気感やグルーヴ感、演奏の推進力が見事に表現されている。
こうしたSACDの広帯域でダイナミックレンジの広い音源に対しては、CDのところで紹介したアンプ部の良さとともに、D/A変換部の作りが効いてくる。
DACデバイスは旭化成エレクトロニクスの「AK4497」を左右にひとつずつ使用し、デュアルモノラルで構成。また、DACデバイスに対して、用途ごとに分けて5つの電源供給をしているのも入念だ。特にクロック用の電源が、テクニクスのリファレンスクラスでも採用される、独自のバッテリー駆動による低ノイズ電源「Battery Driven Circuit System」であることも興味深い。
ちなみにクロックについては、ほかのメーカーもさまざまなポイントで使いこなしているが、テクニクスはクロック自体の精度の高さとともに、それを動作させる電源の安定度に着目している。こういうやり方でクロックの精度を担保し、繊細な成分や密度の高い空間表現力を生み出しているのだろう。
多機能性から生まれるノイズを徹底的に対策しつつ、積極的に良い音を目指した作り
MQA-CDもチェックした。まずはキリンジ『3(2018リマスター)』から「エイリアンズ」。
MQAのデコードがONになっていることを確認して試聴したが、エコー成分の消え際や空間表現力がかなり良い。各楽器が実際にそこで演奏している感覚も高まるが、特にベースが深く鳴る感じなど、音楽としての魅力が確実に高まっている。ヴォーカルのせつない感じも良いが、まとめれば音楽の世界が濃密になっていて、まさにマスタークオリティに近づいている。
もう一枚、諏訪内晶子がソロヴァイオリンを弾いている『シベリウス&ウォルトン:ヴァイオリン協奏曲』(オラモ指揮バーミンガム市交響楽団)を聴いた。2002年にHDDで収録された、そもそも録音としてもS/N感が高いものだ。細部まで明快でクリアで、ハイレゾリューションの世界を楽しめる。
ネットワークプレーヤー機能の音も検証した。音源はミュージック・サーバー「fidata」からで、最初に藤田恵美のアルバム『カモミール・カラーズ』より「クロース・トゥ・ミー」(DSD5.6MHz)を再生。ヴォーカルの質感のナチュラルさ、倍音の伸び方など、人柄さえ感じさせる音色感。ほっとできる音だ。安心させられる楽曲の音楽性をリアルに再現してくれる。
そしてクラシックのヴァイオリニスト、アン・アキコ・マイヤースによる『The Four Seasons - The Vivaldi Album』から《春》。ヴァイオリンの艶やかさや、付帯音の少ない、シェイプされた印象。ヒステリックにならず、ナチュラルで鮮度感の高い音調だ。
特徴的なのは、ネットワーク再生でもディスクを聴く時と基本的に同じテンション、トーンであること。ディスクとネットワークでずいぶん違う印象になってしまうデジタルプレーヤーもあるなか、よく調律されているのを感じる。
最後にゼンハイザー「HD800」でヘッドホンアウトの音もチェックした。SL-G700はヘッドホン専用D/A回路として、独自の「JENO Engine」を搭載する。つまり、ヘッドホンアウトの音はD/A変換からしてアナログ出力とは別物なのだ。アンプ部にはオーディオ信号の電圧増幅と電流増幅をそれぞれ独立したアンプ回路で行うClass AA方式を採用。その音はきわめて透明度の高いもので、空間の感じも良く出てくる。くっきりとした分解能の高いトーンだ。
技術的な特徴はまだまだ書ききれないほどあるものの、様々な機能を持たせるとノイズが増加する傾向があるが、それを徹底的に対策して抑え込んでいる印象で、なおかつ積極的に「良い音」を目指している。リアルで生々しい世界、言い換えれば趣味性の高い音を、税抜28万円という価格で実現できていることを高く評価したい。