「一番の魅力は音が良いこと」。テクニクス初のSACDプレーヤー「SL-G700」の魅力を開発者、評論家、オーディオ誌編集長が語る 【特別企画】SACD/MQA CD/ネットワーク再生に対応する多機能プレーヤー

PHILE WEB 2020年03月13日掲載

執筆:ファイルウェブ編集部

2019年のCESで発表され、国内では8月に発売されたテクニクスのSACD/CDプレーヤー「SL-G700」。発売以来人気の本製品について、開発に携わったテクニクス事業推進室のチーフエンジニア井谷哲也氏と、その音を絶賛するオーディオ評論家の鈴木裕氏、そして当社刊行のオーディオアクセサリー誌(以下AA誌)編集長の伊佐山勝則がその魅力を語り合った。

右からオーディオ評論家の鈴木裕氏、テクニクス事業推進室チーフエンジニアの井谷哲也氏、AA誌編集長の伊佐山勝則
右からオーディオ評論家の鈴木裕氏、テクニクス事業推進室チーフエンジニアの井谷哲也氏、AA誌編集長の伊佐山勝則

物理メディアの存在が見直されている今、SACD対応は意義の大きいこと

鈴木 SL-G700は“テクニクス初のSACDプレーヤー”であると同時に、ネットワーク再生やMQAにも対応した、とても多機能なデジタルプレーヤーですよね。開発の経緯や、なぜこういった仕様になったか教えていただけますか?

井谷 SL-G700はテクニクスのミドルクラスにあたる “グランドクラス” の製品です。グランドクラスは「G30シリーズ」を皮切りに、トールボーイスピーカーの「SB-G90」、プリメインアンプ「SU-G700」、アナログプレーヤーの「SL-1200G」「SL-1200GR」とラインナップを拡大し、どれも世界中でご愛顧いただいてきました。そしてここに来て、「デジタルプレーヤーがない」ことが大きな課題となったんです。

開発当初は「ネットワークプレーヤーとディスクプレーヤーのどちらにしようか」などという議論もしていましたが、DACから後の部分は基本的に共通の仕様になってきますから、どちらも再生できる複合商品が面白いのでは、という話になりまして。ディスクとネットワーク、どちらにも対応する多機能なプレーヤーの開発に取りかかりました。

鈴木 それにしても、ただ単にCDプレーヤーを作るだけでなく、SACDが再生できるということに驚きました。もちろん、テクニクスとしては初めてのSACDプレーヤーですよね。

井谷 はい、驚いた方は多かったようですね(笑)。今回、SACD対応に至った理由はいくつかあります。一つには、我々の製品はヨーロッパでの販売数がかなり多いのですが、そのヨーロッパから「SACDに対応してほしい」という声が多く挙がっていた、という背景があります。

それと我々は、ベルリンフィルメディアさんとご一緒に仕事させていただくことが多いのですが、彼らはSACDを結構リリースしてるんですよね。“ヨーロッパでSACD”というとそれがまず頭に浮かびまして、よくよく調べてみるとコンセルトヘボウやロンドンシンフォニーもSACDを出していて、「SACDの流れが来てるんだな」とあらためて実感でき、対応することに決めました。

SL-G700 前面
SL-G700 ¥280,000(税抜)

鈴木 2007年頃にネットワークプレーヤーが登場して、「これからはデータ再生が主流になる」という雰囲気がありましたよね。当時は日本のハイエンドメーカーも「これが最後のSACD/CDプレーヤーかもしれない」などと言いながらプレーヤーを出してました。その後アナログブームが到来して、物理メディアそのものの存在も見直されてきた印象があります。

近年はハイレゾが台頭してきているので、「せっかくCDで出すならより音の良いものにしよう」ということで、SACDが選ばれているのかな、と思いますね。

伊佐山 AA誌でも、何度か「最後のCDプレーヤー特集」なんてやったりしましたよ(笑)。でも、やっぱりディスクでも楽しみたいですよね。SACDは今あるディスクメディアでもトップエンドに位置するものなので、それを再生できるというのは、とても意義があることだと思います。

鈴木 CDって、ヨーロッパだと3年くらい前からかなり安く売られていまして。つまるところ向こうは「CDクオリティならデータ再生で聴くし、そうでなければハイレゾクオリティで聴きたいよね」といった状況になっています。それを物理メディアで達成したSACDやMQA CDが再生できるというのは、ユーザーにとっても「待ってました!」という感じではないかと思います。

伊佐山 買い替え需要というのもありそうですよね。新しいプレーヤーを買うにあたって、ディスクをはじめ、色々なフォーマットに対応している製品はありがたいと思います。

井谷 それは日本はもちろん、ヨーロッパでも言われることが多いですね。今はストリーミングサービスが充実しているけど、同時に手持ちのCDライブラリも聴きたい、という声をよく頂きます。逆に、今までネットワーク再生やSACD、MQAなどはやってなかったけど、この製品なら全部できるから始めてみるのにちょうどいい、というお考えもあるかもしれません。

鈴木 やっぱり “全部入り” の製品って欲しいですよね。そこはオーディオマニアも一般の方も共通している部分でしょうし。

井谷 Bluetooth接続もそうですね。自分ではあまり使わないけど、奥さんやお子さんが音楽聴くのに使っている、と仰る方がいますよ。

井谷哲也氏
多くのテクニクス /パナソニック製品の開発に携わり、本機の開発も手掛けている井谷哲也氏

鈴木 そうですよね。例えば中学生の息子さんが新しくスマホを買って、BluetoothでSL-G700から音楽を聴いてオーディオに目覚める、なんてこともあるかもしれない(笑)。

「これだけの機能を詰め込んでトータル28万円は本当にすごいこと」

伊佐山 しかし多機能なことに加えて、内部を4分割構造にすることで各ブロックを独立させたり、無帰還型スイッチング電源に安定化回路を組み合わせたりと、技術的にも盛り沢山な製品ですよね。改めてすごさを感じます。

SL-G700内部 電源部
内部は電源部、ディスクドライブ部、アナログ回路部、デジタルインターフェース部の4分割構造となっている。なお、実際の電源部はシールドケースで完全に囲まれ、内部は見えなくなっている

井谷 私はかつて、パナソニックブランドの高級DVDプレーヤーの開発も手掛けていました。内部を4分割する構造などは「H1000」というプレーヤーから引き継いでいるんです。そういう蓄積が今になって活きてきているのかな、と思いますね。

それと、個人的にも技術の熟成に自信を持ててきているのが、電源部なんです。この電源はスイッチング電源で、つまりデジタルですが、アナログ電源と違ってトランスが振動を起こさないんですよね。その代わりノイズを発するわけですが、この対策のため、電源部をBOX構造のシールドケースで完全に囲み、しかも天板からも底板からも浮いた構造にしています。これによってノイズをケースの中で閉じ込め、外に洩れないようにしています。

新生テクニクスの初代モデル「R1」「C700」の頃は、どうしてもアナログ電源には敵わず、アナログ電源を使っていました。スイッチング電源の使いこなしにはこの3、4年、かなり力を入れており、ずいぶん蓄積ができてきたと感じます。

鈴木 振動やノイズの問題はAA誌でもよく取り上げますけど、デジタルデバイスのノイズが乗ると、空間がスモーキーになったり、歪みっぽい音になるんですよ。さきほどじっくり試聴させていただき、そこへの対策がしっかり行われているな、ということがよく分かりました。

鈴木裕氏
SL-G700を絶賛するオーディオ評論家の鈴木裕氏

伊佐山 このスイッチング電源は「無帰還型」ですよね。

井谷 通常の、帰還をかけるスイッチング電源というのは、負荷電流によってスイッチング周波数を変え、レギュレーション即ち電圧の安定性を上げているのです。スイッチング周波数自体は数百kHzのところにいるので、音に直接影響しないんですが、動くことで音を濁してしまうので、効率は悪くなりますが無帰還型にし、周波数を固定しましょう、というのが無帰還型スイッチング電源です。レギュレーションも落ちてしまいますが、そこはアナログのレギュレーターを入れてやることで確保しています。

伊佐山 それが「無帰還型スイッチング電源回路と独自制御による安定化電源回路を組み合わせたハイブリッド電源」ということですね。データでもはっきりと効果が出ています。

電源出力 FFTレベル グラフ表示
ここ3、4年で技術的にも蓄積がされてきたというスイッチング電源は、従来のアナログ電源と比べても低いノイズフロアを実現しているという

井谷 ここは、うちのエンジニアが頑張ったところです。アナログ電源だとハムノイズなどが乗ってきますが、デジタルなら無いですし、ノイズフロアのレベルも、さっき申し上げたように色々手をかけて押さえ込んでいますので、スイッチングでもS/Nの高い電源が出来ました。

鈴木 エンジニアの皆さんが本当に努力して、設計も何回もやり直したんだろうなと思うんですけど、これだけ色々考えられているのにトータル28万円で抑えたというのが本当にすごい。

伊佐山 実際すごく売れているみたいですが、ユーザーもちゃんと見てるな、と思いますね。これだけの機能を備え、これだけの仕様でこの価格というのは、今までにもそうはなかったように思います。開発にも時間がかかりましたか?

井谷 すべてあわせると、2年くらい開発にかけたんじゃないかな…。最初の披露は「IFA 2018」でしたけど、そこから発売までに丸々1年かかっていますからね。

鈴木 僕もその時のこと覚えてます。当時は「へえ、SACDプレーヤー出すんだ」くらいの感想でしたけど、実際に1年経ってみたら「そうだよね、SACDも対応してないとね」って思いましたよ。発表から発売までの1年間でSACDやMQA CDといった、物理メディアでハイレゾデータ再生できるものに対する要求が高まった感覚はありますよね。

井谷哲也氏がSL-G700の基板について詳細な解説を行う
SL-G700の基板

当日は実際に使用されているという基板を持参いただき、より詳細な解説が行われた

SL-G700の一番の魅力は「音が良い」こと

伊佐山 DACにはAK4497をデュアルモノラル構成で採用していたり、クロックはリファレンスクラスで採用している「Battery Driven Clock Generator」を搭載していたりと、音質面でもテクニクスの技術が結集した製品になっていますよね。

オーディオアクセサリー誌の編集長を務める伊佐山勝則
オーディオアクセサリー誌の編集長を務める伊佐山勝則

井谷 クロックに関しては、話がけっこう遡ります。1989年にテクニクスがリリースしたデジタルプロセッサー「SH-X1000」に搭載していた1bit DAC「MASH」の経験が大きいですね。なにせ1bitなので、クロックの精度の影響がモロに音質に影響するんです。

そこからクロックの精度というものを強く意識するようになりまして、リファレンスクラス「R1」で開発した「Battery Driven Clock Generator」をベースに、バージョンアップを重ね続けてきています。今では波形やジッターメーターを見てもなかなか判別つかないレベルまで精度が上がって来ているのですが、それでもズレがあれば音質に確実に現れてくるので、本当に奥が深い世界です。

鈴木 多機能なうえ、テクニクスのこれまでの技術も結集しています。SL-G700は、ある意味ではライター泣かせの、非常に書きどころの多い製品なんですが(笑)、私が考える一番の魅力は「音が良い」ということなんです。

デジタルプレーヤーというものは、特性を良くしたりジッターを少なくしたりで、ある程度のレベルまではすぐに到達できます。ですが、それが音楽を聴くのにふさわしい音かというと、どこかつまらないサウンドだったりする。でもSL-G700の音は生々しくて、リアルで、聴きごたえがある。

僕の感覚としては、テクニクスは2018年に発表したアナログプレーヤー「SL-1000R」で一皮剥けたと思っているんです。SL-1000Rは、世界のハイエンドプレーヤーと比較しても情報量が多く、実在感が高い空間表現力を持っていると思うのですが、今回、デジタルプレーヤーでも、ついにそういう方向に舵が切れた。しかもそれを30万円以下の価格帯で実現したのは、すごいことだと思います。

井谷 まさに、SL-1000Rを作りあげたことは、社内でも大きな出来事でした。SL-1000Rは小川(テクニクス推進事業室室長の小川理子氏)が「最高のサウンド」と評した製品で、「あれを原器にして、あの音に学んでほしい」と言っているんです。

特に“原器”の影響が大きかったのが、最終的な音の磨き上げの時ですね。例えばネジの締め方のバランスのような、細かい調整を一つひとつ積み上げることで磨き上げが行われたのですが、その時の目指す場所になっていたのが、まさにSL-1000Rの音でした。

SL-G700 天面
鈴木氏が絶賛するSL-G700のサウンドは、同社のアナログプレーヤー「SL-1000R」を原器として磨かれたという

伊佐山 言わばSL-1000Rの音は “神の音” なんですね。そうすると、SL-1000R以降はその指標があるので、製品も作りやすくなったのでしょうか?

井谷 それはあると思います。自分たちの中でも、本当にやりたかったことはこういうことなんだな、と方向性が定まったような感覚があります。

鈴木 今の話を聞いて、すごく納得がいきました。先ほども言いましたけど、デジタルプレーヤーにおいて、音楽として硬い・柔らかい、暖かい・冷たいといった音の軸に関する話は、これまであまりされてきませんでした。その部分に力を注いでいそうだな、と感じていましたが、なるほど、SL-1000Rの音を目標としていたんですね。

伊佐山 ヘッドホン出力も、アナログ回路から独立させて「JENO Engine」を専用回路に使っていたりと、とにかく細かいところまで凝った作りになっています。本当に語るところだらけですね。

井谷 あと、あまり知られていないことですが、初期設定でフロントのマルチコントロールつまみをメインボリュームにすることができるんです。これは主にヨーロッパのお客様からの「SL-G700とアクティブスピーカーでシステムを構築したい」という声にお応えし、実装した機能です。

伊佐山 最近は日本でもアクティブスピーカーを使ってシステムを組む方が増えてきているので、この機能を有難いと感じる方は多いと思います。

鈴木 やっぱり多機能というのは嬉しいですよね。自分が持っているライブラリを余すことなく再生することができますし、これを機に「SACDも聴いてみようかな」「MQAもやってみよう」「ネットワークも試してみるか」と、新たに挑戦する機会にもなりますし。色んな人が「そうそう、こういうものが欲しかったんだよ」って思うことは間違い無いです。

多機能というと音が悪いんじゃないか、などとお感じになる方もいるかもしれませんが、このプレーヤーにおいて「多機能である」ことは、あくまで「買わない理由にならない」だけなんです。じゃあ、なにが「買う理由」になるかと言えば、それは「音が良い」こと。デジタルプレーヤーでこれだけ生々しく、表現力のあるサウンドを実現し、しかも価格を28万円に抑えているというのは本当にすごいことだと思います。ぜひ多くの方に、本機の魅力を体験してもらいたいですね。


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