高音質と多機能を両立したTechnics渾身のプレーヤー「SL-G700」開発秘話

高音質と多機能を両立したTechnics渾身のプレーヤー「SL-G700」開発秘話

AV Watch 2020年03月06日掲載

執筆:山之内正

豊かな音楽資産を幅広く再生するべく誕生したハイグレードモデル

「SL-G700」はネットワーク/SACDプレーヤーとして登場した多機能モデルだ。Technics(テクニクス)初のSACDプレーヤーというだけでも十分なインパクトがあるが、ネットワーク再生の対応の広さもクラス随一。なぜここまで踏み込んだ設計ができたのか、設計陣へのインタビューも交えながら背景を探ってみよう。

SL-G700 前面
ネットワーク/SACDプレーヤー「Technics SL-G700」

そもそもディスクプレーヤーを買うとき、シンプルな単機能モデルか多機能な製品どちらを選べばいいのか、迷う人は少なくない。CD再生だけに使うなら他の機能は余分とも思えるが、USBメモリーやスマートフォンに保存した音楽ファイルも聴きたいなら多機能プレーヤーが便利なのは明らかだ。しかし、そこにもう一つ、クオリティも妥協したくないという条件を加えると、選択肢はかなり狭まってしまう。一般的に音の良いハイグレード機は機能を絞り込んだ製品が多いからだ。

そんななか、テクニクスはハイレゾやストリーミングまで間口を広げ、大半のデジタルソースを一台でカバーする多機能な仕様を選んだ。SL-G700の価格は28万円。ピュア志向が強い価格帯であえてディスクとネットワーク両方をカバーした背景について、企画の田口氏は次のように説明してくれた。

「テクニクスは2015年にブランド復活を遂げ、最初にリファレンスクラスとプレミアムクラスの製品群を導入しました。その中間のグランドクラスはブランドの核になる存在で、G30シリーズやターンテーブルSL-1200Gを2016年に発売、2017年にはプリメインアンプSU-G700、スピーカーSB-G90、ターンテーブルSL-1200GRを発売しています。SL-G700はこのグランドクラスのデジタルソースコンポーネントとして企画した重要なモデルです。お客様がお持ちの様々な音楽資産を幅広く再生するために、CDに加えてSACDにも対応、さらにハイレゾ音源、そしてストリーミングサービスまでサポートすることを開発の早い段階から目標に掲げていました。SACDはこの何年か再び注目を集めていますし、MQA-CDも含め、MQA音源も充実してきました。SACDの再生やMQA対応はユーザーの皆様からの要望がかなり強いですね」。

田口恵介氏
パナソニック株式会社 アプライアンス社 スマートライフネットワーク事業部 ビジュアル・サウンドBU 商品企画部 Technics商品企画課 主幹の田口恵介氏

SACDが登場したのは1999年秋、SL-G700は昨年夏に発売されたので、SACD発売20周年を迎えて実現した快挙ということになる。SACDとDVDオーディオが次世代CDの本命争いを繰り広げたことをリアルタイムに経験した世代としては、まさに「快挙」と呼びたくなるのだが、いまやパナソニックがDVDオーディオ陣営に属していたことすら知らない音楽ファンも増えている。社内ではSACD対応について異論は出なかったのだろうか。

テクニクスのチーフエンジニアをつとめる井谷氏は「私の世代にとってはテクニクスブランドでSACDプレーヤーを作るのは画期的な出来事です。しかし、社内でも若い世代にとってはそれほど特別なことではないんですね。最近は再びSACDが注目されるようになってきたこともあって、ごく自然な流れでSACDも再生できるようにしようということになりました」と語る。

井谷氏はDVD-H2000などDVDオーディオに対応したハイエンドプレーヤーの設計に携わっていただけに、SACDの導入には特別な感慨があるようだ。筆者も同世代なのでその感覚はとてもよくわかる。

井谷哲也氏
パナソニック株式会社 アプライアンス社 テクニクス事業推進室 CTO/チーフエンジニアの井谷哲也氏

SACD対応のメカニズムは現在入手できる候補のなかから日本メーカー製のドライブを選び、剛性の高いカバーなどテクニクス独自の制振対策を施したうえでセンターにリジッドに固定、高精度な読み取り性能とともに静音動作を実現していることが特徴だ。

ディスク再生の頻度が高い聴き手に向けて、Pure Disc Playbackモード機能を装備したことにも注目すべきだろう。メニューから同機能を呼び出してオンにすると約20秒でモードが切り替わり、LAN、USB、Wi-Fi、Bluetoothなど、CDとSACD再生以外の入力がすべて遮断される。事実上、単機能のディスクプレーヤーに生まれ変わるわけだ。

同機能の内蔵を決めたのはかなり思い切った判断だと思うが、ディスク再生時のクオリティ最優先で本機を活用したい人には重要な機能だ。冒頭で単機能か多機能どちらを選ぶかという話をしたが、SL-G700はその両方を用途に応じて使い分けられるプレーヤーということになる。ピュアモードを積む製品は他社にもあるが、ここまで徹底した例は珍しい。ネットワーク上で認識させるためには再び同モードをオフに切り替える手間がかかるが、その際に電源を切ってリブートする必要はない。「今日はディスクしか聴かない」というとき、このモードをオンにしてじっくり楽しむといった使い方を想定しているのだろう。

SL-G700 ディスクドライブ Technicsロゴ付き
SL-G700のディスクドライブ。Technicsロゴを冠した高剛性プレートで振動を抑制している
SL-G700「Pure Disc Playback」モード
CD/SACD再生に必要な電源回路以外を遮断する「Pure Disc Playback」モード

開発中盤でDACを変更。フィルタやモジュールを独自開発し音を徹底的に追求

音質へのこだわりは他にもたくさんある。

基本的なことだが、信号の伝送方法も重要な要素だ。テクニクスがブランド復活後に導入したデジタルプレーヤーはネットワークプレーヤーが主役ということもあり、アンプとの接続はデジタルの方が音質面で有利とアピールしてきた。特にテクニクス製アンプと組み合わせる場合、その主張には説得力がある。一方、今回はネットワーク再生に対応しつつ、ディスク再生にも重点を置いている。接続はデジタルとアナログどちらを念頭に置いているのだろうか。電気設計担当の水俣氏に尋ねてみた。

「SL-G700はアナログ出力でアンプにつなぐことも想定しています。特にSACD再生ではその使い方が一般的という認識です。そのため、DACとその周辺回路に音質改善のための技術を新たに導入し、さらにアンバランス出力だけでなくバランス出力も装備しました」。

多くの機能を盛り込みながら、音でも妥協しないというコンセプトを実現するために、具体的にはどんな技術を導入したのだろうか。

「まず音のかなめとなるDACですが、今回は開発の途中で別のDACを載せる決断をしました。最初の段階では他のチップを搭載する予定で進めていたのですが、開発中盤あたりでさらなる音質向上のため、その当時AKMの最上位DACだったAK4497を採用することにしたのです。そこまで大きな変更は普通は行ないません」。

水俣直裕氏
パナソニック株式会社 アプライアンス社 スマートライフネットワーク事業部 ビジュアル・サウンドビジネスユニット 技術センター オーディオ技術部 電気設計課 主任技師の水俣直裕氏

「この変更は、コストも開発工数も厳しい内容でした。しかし改めて音質評価を行ない、高いSNと音場空間の再現性から変更を決断しました。さらにSL-G700ではDACへの電源供給を5系統に分け、相互の干渉などを起こさないように工夫しました」(水俣氏)。

AK4497にアップグレードすることで得られた音質上のメリットは、S/Nの改善、空間の見通しの良さなど多岐にわたるという。しかもSL-G700はAK4497を左右チャンネルに1個ずつ、デュアルモノラル構成で載せているので、セパレーションの改善効果も期待できる。

SL-G700の内部 電源部
SL-G700の内部
※電源部はイメージ
「AK4497」チップ
左右チャンネルに一基ずつ搭載した旭化成DACチップ「AK4497」

DAC内部の信号処理ブロックごとに独立して電源を供給する手法は、リンなどAK4497を搭載する他社のハイエンドプレーヤーにも例があるが、テクニクスはクロック用電源にコンデンサーを利用したバッテリー駆動技術を採用していることが目を引く。

音質を左右する重要な回路にバッテリー駆動を採用するのはテクニクス伝統の高音質技術の一つだ。かつてプリアンプの電源にバッテリーを採用した例もあるし、クロック回路の電源供給用としてはリファレンスクラスのコンポーネントに搭載例がある。そのノウハウがSL-G700のクロック回路にも受け継がれているのだ。正面から見てメカドライブの右側に独立して配置されたオーディオ基板をよく見ると、フロント側に複数の大容量コンデンサーで構成されたバッテリー回路が目に入る。これらのコンデンサー群は2組に分かれていて、充電と放電を切り替えながら安定した良質な電源を供給する仕組みだ。

「DAC後段に用いるフィルター回路は、オペアンプではなくディスクリート構成のアンプモジュールを新たに開発しました。DACの奥に左右それぞれ1つずつ、縦型の小さな基板上に回路を構成しています。通常はオペアンプでフィルターを構成しますが、自分たちが目指す音に近付けるためにはディスクリートで組んだ方が良いという判断で開発を進め、小さなスペースにも収まるように最終的には縦型になりました。音質面では立ち上がりの良さや音の厚みなどにメリットを聴き取ることができます」(水俣氏)。

SL-700 アナログ回路
SL-700のアナログ回路

DACや周辺回路を既存のチップではなくオーディオメーカーが独自に設計する動きは、ハイエンドメーカーを中心に加速している。特にアナログ変換後のフィルターは音質を左右する重要な回路の一つなので、自社で設計する例が増えてきた。

既存のオペアンプを使えば設計の手間を減らすことができるが、音を追い込むにはどうしても限界がある。個別部品で組むディスクリート方式なら回路構成や部品を吟味できるため、チューニングの自由度が上がるのだ。

ディスクリートで構成されたアンプモジュールの初期段階の基板を見ると、最終形に比べて数倍の大きさがあり、外側にコンデンサーなどの部品が露出して手作り感が伝わる。DAC以降の回路はバランス構成なので、最終的には小型の基板2枚を組み合わせてモジュール化。2枚の基板同士を連結する部品(スペーサー)は開発の最後の段階で加えたもので、外来振動などに起因する基板の共振を抑える効果があるという。デジタルプレーヤーとはいえDAC以降のオーディオ回路は基本的にアナログなので、きめ細かいノウハウが投入されている。このあたりのチューニングは耳で確認しながら時間をかけて追い込む必要があり、エンジニアの腕の見せどころだ。

開発段階のモジュール。右が最初期のもの
開発段階のモジュール。右が最初期のもの
基板上に実装された縦型モジュール(写真中央)
基板上に実装された縦型モジュール(写真中央)

メカドライブ後方のデジタルインターフェイスのブロックでも、ノイズ対策を兼ねた音質チューニングの例が見つかる。Wi-Fiのアンテナに電磁波シールド用のシートを貼り、配線の一部にも同じシートが巻かれているのだ。有線接続のほかWi-Fiにも対応していればネットワーク再生の利便性は向上するが、ノイズ源になりやすく、対策の有無で確実に音が変化するとのこと。これらの作業は生産現場で手作業で行なうことになるため、工程は増えてしまうが、音質改善効果が大きいのであえて採り入れているのだ。

デジタル入出力基板にはUSB入力回路の音質改善技術「USBパワーコンディショナー」も導入されている。パナソニックのBDレコーダー「DMR-BZT9600」で最初に導入された外付け式のパワーコンディショナーは、USB端子に差すだけで電源由来のノイズを低減する効果があり、その後市販もされて好評を得た。

SL-G700ではUSBパワーコンディショナーの中身に相当する非磁性カーボンフィルム抵抗とルビーマイカコンデンサーを搭載。基板上ではメカドライブ側に配置されているが、他のチップ部品とはサイズや形状がまるで異なるので、すぐにそれとわかる。フロントとリアそれぞれのUSB入力で効果を発揮する。ちなみにリアの端子はUSB HDD(最大2TBまで対応)、フロントはUSBメモリの接続を想定しており、音楽ファイルの内容は本体だけでなく専用の操作アプリの画面でも確認できる。

水俣直裕氏が説明している、田口恵介氏が見ている
SL-G700 内部
ドライブ後方のデジタルインターフェイス基板。Wi-Fiアンテナ線の部分には電磁波シールド用のシートを巻いたり、USB部分にはフィルム抵抗やコンデンサを搭載した
SL-G700 背面
背面

無帰還型のスイッチング電源を採用。ボックス状に遮蔽しノイズを徹底排除

内部写真では、正面から見てメカの左側に黒いカバーで覆われたブロックが見える。これはシールドを施した電源回路で、SL-G700のために開発されたアナログオーディオ専用のスイッチング電源を内蔵している。アナログオーディオ回路にあえてスイッチング電源を採用するのは意外に思うかもしれない。だが、高度な技術を投入したスイッチング電源はアナログ電源以上にノイズを抑えることが可能で、海外のハイエンドオーディオ製品にも複数の採用例がある。

水俣氏はこの電源回路の長所を次のように紹介してくれた。

「アナログオーディオ出力用の電源回路は、無帰還型の電流共振スイッチング電源を採用しました。無帰還型のメリットは負荷によるスイッチング周波数の変動が起こりにくいことで、帰還型のスイッチング電源に比べてノイズが少なく、品位の高い電力を供給することができます。微小な電圧変動を抑える安定化電源回路をアナログ回路で構成し、スイッチング電源と組み合わせたハイブリッド構成にも特徴があります」。

「安定化電源の制御回路には、オーディオ回路のフィルターに用いたモジュールアンプを採用しています。オーディオ回路で3つ、電源回路で2つ、合わせて5箇所にモジュールアンプを組み込みました。このハイブリッド構成のおかげで、低ノイズで安定度の高い電源回路を作ることができました。電源部のシールドは回路の上部をシールド板で覆っているのではなく、基板全体を完全に包み込む構造でボックス状に遮蔽し、万全のノイズ対策を行なっています」。

SL-G700 電源部
ボックス上に遮蔽された、SL-G700の電源部

完成した電源回路のノイズ測定結果を見ると、新開発のスイッチング電源の方がアナログ電源に比べて可聴帯域内の幅広い周波数でノイズフロアが10dBほど低く、電源周波数の整数倍に発生する高調波ノイズも消失している。

電源の品位は、再生音のクオリティを大きく左右する要因の一つで、なかでもアナログオーディオ回路の電源品質は音の立ち上がりや空間再現に直結する。オーディオ基板のDAC出力後で採用したアンプモジュールも含め、SL-G700の開発で得た電源回路のノウハウは他の製品にも応用が期待できる。

ちなみにこの電源回路の基本コンセプトはSL-G700の設計チームとは別のチームで行なわれていた研究開発テーマから着想したものだという。世代の異なる設計者の間でのノウハウの継承だけでなく、パナソニック社内での技術やノウハウの共有が実を結んだ例として注目したい。

テクニクスの技術を継承した例の一つとして、ヘッドフォンアンプにも目を向けておこう。SL-G700のヘッドフォンアンプは、ライン出力の信号とは別にヘッドフォン出力専用のDAC回路を積む。とても贅沢な構成だが、そこにはライン出力とヘッドフォン出力という挙動の異なるデバイスへの配慮がうかがえる。同回路の前段はリファレンスクラスのコンポーネントでもおなじみのJENO Engineそのもので、そこから出力されるPWM出力をClass AA方式のアンプで増幅することがこの回路の重要なポイントだ。

井谷氏が語る同回路の狙いとメリットに耳を傾けてみよう。

「JENO EngineとClass AAの設計思想をSL-G700にもぜひ引き継ぎたかったのです。基本構成はJENO Engineからの出力(PWM信号)を専用回路でアナログ変換するというもので、電圧制御と電流増幅を独立させたClass AA方式で増幅を従来機から継承しています。ヘッドフォンに最適化したチューニングを施しているので、ぜひいろいろなヘッドフォンで聴いていただきたいですね。JENO Engineをはじめとするヘッドフォンアンプの回路は、実際にヘッドフォンをつないだときだけ動作するように設計しているので、アナログのオーディオ出力に影響を与えることはありません」。

井谷哲也氏が説明している

使い勝手にも配慮された専用アプリ。Amazon Musicサポートも検討中

ネットワーク再生やストリーミング再生の使い勝手を大きく左右する操作アプリについて、アプリ設計担当の塩田氏にコンセプトを語ってもらった。

「SL-G700はミュージックサーバーやUSBメモリの再生に加えて、ストリーミングサービスまで視野に入れた製品です。国内だけでなく海外市場でも展開するプレーヤーなので、様々な地域で幅広く浸透しているプラットフォームを採用することを考えました。開発をスタートさせた当初、その条件を満たす最も充実していたのがGoogleのプラットフォームでした。その後Amazon Musicをはじめ複数のサービスが立ち上がりましたが、この分野はとにかく進化のスピードが速いので、製品の発売後もアプリとファームウェアは進化を続けています」。

塩田羊佑氏がお話しをしている
パナソニック株式会社 アプライアンス社 スマートライフネットワーク事業部 ビジュアル・サウンドBU 新規事業推進部 開発・運用課 主任技師の塩田羊佑氏

「操作アプリのベースは、スマートスピーカー用のPanasonic Music Controlです。スマートスピーカーはテクニクスではなくパナソニックの製品ですが、GoogleアシスタントとChromecast Audioに対応しており、SL-G700とその点が共通しています。もちろんタブレットとスマホどちらでも利用できますが、このアプリの使い勝手は現在進行系で改良を進めています。'20年2月にもアップデートを行ないました」(塩田氏)。

スマートスピーカーはSC-GA10などがパナソニックブランドで2018年から発売されている。SL-G700と連携するアプリのTechnics Audio CenterはPanasonic Music Controlがベースになっているのだが、スマートスピーカーとデジタルプレーヤーでは用途が異なるため、デザインや機能は大幅に強化されている。Technics Audio Centerは高音質の音楽再生に重点を置き、再生リストの一覧性など、使い勝手にも配慮している。

アプリ「Technics Audio Center」 ユーザーインターフェイス、音楽のアルバム、プレイボタンなど
アプリ「Technics Audio Center」 ユーザーインターフェイス、音楽のアルバム写真、プレイボタンなど
アプリ「Technics Audio Center」のユーザーインターフェイス

GoogleアシスタントやChromecast Audioの機能をオーディオプレーヤーに組み込むうえで、様々な苦労があったはずだ。塩田氏はその難しさを振り返る。

「ギャップレス再生、DSD再生、MQAなどはハイファイの視点からはとても重要なテーマで、譲ることはできません。テクニクスとしては必ず押さえておくべき機能です。しかし、スマートスピーカーをはじめとする一般的なネットワークオーディオの世界では、ギャップレス再生やDSD再生はそこまで重視されていません。今回はGoogleアシスタントやChromecast Audioと連携するうえで、双方の意識を共有することが第一歩でした。なぜこだわるのかをまずは説明しないといけませんが、それはハイファイ機器で使い勝手の良いネットワーク再生を実現するためには避けて通れないことだと思います」。

アプリの設定画面
設定画面。各種設定がアプリからコントロールできる
山之内正氏と塩田羊佑氏がお話をしている

SL-G700が対応するストリーミングサービスは販売地域によって異なる。

一例を挙げると、欧州仕様ではTIDALも利用できるが、同サービスは国内で正式にスタートしていないため、日本仕様の製品では対応していない。今後正式にサービスが始まった場合はファームウェアのアップデートで対応する可能性はあるとのこと。一方、Amazon Musicなど最新のストリーミングサービスについても対応の可否や時期を検討している模様だ。

インタビュー取材の後でパナソニック社内のテクニクス試聴室でSL-G700をあらためて試聴した。筆者はこの試聴室を何度か訪れているが、試聴の際にいつも感心するのは僅かな音の変化を聴き取りやすいことだ。壁や天井の吸音・反射の比率を変えて音響特性を自在にコントロールできるし、エアボリュームにも余裕がある。

数々の名機を生み出してきたテクニクス試聴室
数々の名機を生み出してきたテクニクス試聴室

テクニクスのハイファイコンポーネントは何年も前からこの部屋で音決めが行なわれているのだが、その具体的な方法についてはあまり語られたことがない。インタビューの最後に試聴のプロセスについて井谷氏に尋ねてみた。

「SL-G700に限らず、テクニクスの製品開発では測定に加えて試聴を繰り返して音を追い込んでいます。テクニクスのメンバーで構成されるサウンドコミッティー(音質委員会)が音質を評価します。私を含むエンジニアに加え小川理子(アプライアンス社副社長、テクニクス事業推進室長)や国内外のマーケティング責任者など複数のメンバーがそれぞれ課題曲を持ち寄って開発中のモデルを試聴し、各自が複数の項目に沿って音を評価します。試聴は音質検討のかなめとなる重要なプロセスです」。

テクニクスの数々の名機を生み出してきた試聴室で音質検討を重ね、厳しい評価をパスしたモデルだけを製品として世に送り出す。この試聴室は社屋の移転に伴って新しい環境で生まれ変わるらしいが、長年培われたテクニクスの音はこれからも受け継がれていくはずだ。

微妙なニュアンスの違いを描き分け、誇張を排した忠実度の高い再生音

コントロールプレーヤーSU-R1、ステレオパワーアンプSE-R1、スピーカーSB-R1を組み合わせたリファレンスシリーズのシステムにSL-G700を組み込み、テクニクスの試聴室で再生音を確認した。

Technicsリファレンスシリーズと組み合わせてある試聴室
Technicsリファレンスシリーズと組み合わせて試聴した

最初にジェーン・モンハイト《テイク・ア・チャンス・オン・ラヴ》を通常CDで聴く。ホーン楽器とベースが刻むアップテンポのリズムが軽快に動き、明るめのトーンでヴォーカルを支える。その肝心のヴォーカルだが、トラック5の「アイ・ウォント・ダンス」ではモンハイトが左、マイケル・ブーブレが右に立ってデュオを聴かせる。この二人の距離感が絶妙だ。親密な掛け合いだが声が重なるほど近くはない。

「踊りたくないけど抵抗できない」という歌詞の内容そのままなのだが、これが離れすぎてしまうと一向に面白くない。ステージに並ぶ二人の姿が目に浮かぶリアルな近さで、声のボディ感も生々しい。Pure Disc Playbackモードで聴くと声や楽器のイメージが少しだけ引き締まるのだが、オフのままで聴く柔らかく豊かな感触も筆者の好みに合う。

ジェーン・モンハイト《テイク・ア・チャンス・オン・ラヴ》と、ボブ・ジェームス&カーク・ウェイラム《ジョインド・アット・ザ・ヒップ》のCDジャケット
ジェーン・モンハイト《テイク・ア・チャンス・オン・ラヴ》(写真左)と、ボブ・ジェームス&カーク・ウェイラム《ジョインド・アット・ザ・ヒップ》(右)

次にSACDでボブ・ジェームス&カーク・ウェイラム《ジョインド・アット・ザ・ヒップ》を聴いた。1996年に発売された録音だが、つい最近リマスタリングされてSACDが登場した。

オリジナル録音のエンジニアがリマスタリングを担当しているためか、サックスとピアノの洗練されたサウンドはそのまま生かしながら、音の艶や透明感に磨きがかかっている。CD層の音も鮮度が上がっているが、SL-G700でSACD層を再生するとピアノの一音一音がクリアに粒立ち、光沢が乗ったような生々しさが伝わってきた。

スラッピング全開のベースは立ち上がりが素早くリズムの動きが俊敏。一音一音の純度の高く、マスターにもともと入っていた音をそのまま蘇らせたと思わせる活きの良さがあるが、ファンキーな曲でも荒っぽい感触は一切なく、まさに洗練の極み。リマスタリングのチューニングは名人芸の域に達している。同一音源のマスタリングの差を聴き比べるのはSACDの面白みの一つだが、SL-G700はディスクに入っている音を誇張なく忠実に再現するので、マスタリングの違いがとてもわかりやすい。

山之内正氏が試聴室にいる

クラシックの最新録音からロト&レ・シエクルによるベルリオーズ《幻想交響曲》を聴く。ハルモニア・ムンディのオーケストラ録音のなかでも屈指の名録音で、弦楽器も管楽器も色彩の豊かさが群を抜いている。特に管楽器は作曲家と同時代のオリジナル楽器を使っていて、ベルリオーズ自身がこの音を想像しながら曲を書いていたと思わせる説得力がある。

第2楽章冒頭のハープはブックレットの写真にある通り指揮者の真横に計5台が並び、録音では左右に分かれて華麗な旋律を競い合う。その音の瑞々しいこと!このフレーズを聴いただけでもこの演奏の評価が跳ね上がりそうだが、オーケストラが真価を発揮するのは曲の後半部分だ。第4楽章の展開は何度聴いてもスリリングだが、この録音をSACDで聴くと、これまでこの曲に抱いてきたイメージが一変するほど一音一音が鮮烈で、しかも豪快さもある。

SL-G700の再生音は忠実度が高いと紹介したが、その表現をもう一度繰り返すべきだろう。ディスクに凄絶な音が入っているとしたら、それを聴きやすくなめらかな音でごまかすことはしない。荒々しい打楽器や粗野なほど素朴な金管楽器の音をリアルにそのまま引き出してくる。現代の管楽器はもっと音色が洗練されているし、無理をしなくても十分な音量が出る。一方、ピリオド楽器はそうではない。楽器の限界を越えるほどのフォルテシモを絞り出すからこそ、異様なほどの高揚感が生まれるのだ。作品が《幻想交響曲》だから、これが本来の姿なのだ。

ロト&レ・シエクルによるベルリオーズ《幻想交響曲》と、マーラーの交響曲第4番のCDジャケット
ロト&レ・シエクルによるベルリオーズ《幻想交響曲》(写真左)と、マーラーの交響曲第4番(右)

次にユニバーサルミュージックのハイレゾCD(MQA-CD)でマーラーの交響曲第4番(アバド指揮ウィーンフィル)を聴く。SL-G700はディスクとファイル音源どちらでもMQAデコーダーのオン・オフを切り替えて再生できるので、CDフォーマットとハイレゾ形式の聴き比べも簡単だ。

SACDは独立したレイヤーに別の音源を記録しているが、MQA-CDは信号処理の違いだけで同じデータからCD規格の信号とハイレゾマスターを取り出すことができる。この第4番の演奏は1977年の録音とは思えないほど見通しの良い音場空間をとらえているが、その真価は明らかにMQA-CDの方が伝わりやすい。たとえば、第1楽章で低弦が刻む上昇音形の旋律はCDよりもホール空間(ウィーンのムジークフェラインザール)での滞空時間が長く、木管楽器やヴァイオリンが刻む内声や対旋律との関係が隅々までよく見える。第4楽章の独唱(フレデリカ・フォン・シュターデ)はこの歌手ならではの柔らかい高音域に響きが美しく、潤いさえ感じられるほどだ。

MQAのファイル音源をUSBメモリーから再生したなかで特にCDとの差が大きく感じられたのがトロンハイム・ソロイスツが演奏したモーツァルトのヴァイオリン協奏曲だ(2L)。この音源はDSDを含む様々な形式のハイレゾ音源で発売されているが、MQAなら352.8kHz/24bitのハイレゾ音源を比較的リーズナブルな価格で入手できる。このスペックはオリジナルの録音と同一なので、マスターからの音の変化はかなり小さいはずだ。

SL-G700で再生した第4番の再生音はSACDの音の印象にかなり近いが、MQAは独奏ヴァイオリンの瑞々しさと立ち上がりの速さをいっそう強く印象付ける。伴奏のオーケストラの余韻はDSDの方が空気の絶対量が多いように感じるが、どちらが正解か判断するのは難しい。SL-G700はそうした微妙なニュアンスの違いを描き分ける能力が高いので、手元に同じ音源のディスクやファイルを持っているならぜひ聴き比べてみることをお薦めする。

TECHNICS試聴室にいる山之内正氏

ディスク派とハイレゾリスナーに強くお薦めしたいテクニクス渾身の一台

SL-G700はグランドクラスに属する唯一のディスクプレーヤーだ。シリーズに加わったタイミングは最後発だが、十分な時間をかけたことがむしろ良い結果を生んだとも言える。ファイル再生の領域は進化のスピードが速く、半年か1年の準備期間で新しいフォーマットが誕生することも珍しくない。仮に3年前をターゲットに開発していたらMQAやストリーミングへの対応は難しかったはずだし、十分な時間をかけたことで、DAC周辺回路の電源やフィルターなど、アナログ領域の音質改善技術が大きな成果を生んだように思う。

リファレンスクラスはブランド復活の意義を伝えるフラッグシップならではの役割を演じ、プレミアムクラスの製品群は裾野を広げてテクニクスのブランド力をもう一度浸透させる役割を担う。そしてグランドクラス。こちらは末永く使える良質なコンポーネントを求めるユーザーに向けた実力機が求められている。

SL-G700はその役割をデジタルプレーヤーの領域で正面から追求した力作で、テクニクス渾身の一台だ。高音質と多機能ははたして両立するのかという疑問は、試聴を続けるなかでいつのまにか消えてなくなった。手持ちのディスクをじっくり聴き込むのも良いし、ストリーミングの広く深い世界に浸るのもありだ。一台で何役もこなす多機能機だが、特にディスク派とハイレゾリスナーに強くお薦めする。

SL-G700 前面

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