2014年に待望の復活を遂げた、「テクニクス」ブランド。現在ではハイファイオーディオ向けに、「リファレンス」「グランド」「プレミアム」という3つのクラスを展開しており、レコードプレーヤー、ネットワーク再生機能付きSACD/CDプレーヤー、アンプ、高品位な一体型コンポーネントなど多くの製品を投入して好評を博している。
そして2019年秋、そのテクニクスが、これまでの常識を音質・サイズの両面でブレイクスルーさせた衝撃的なイヤホン「EAH-TZ700」を登場させ、ヘッドホン/イヤホンファンを大いに喜ばせた。筆者もイヤホン/ヘッドホンはかなりの製品を試聴しており、ちょっとやそっとでは驚かないのだが、このモデルを初めて聴いた時は思わずのけぞってしまった。
元々同社は「パナソニック」ブランドでイヤホンやヘッドホンをラインナップしてきた。中でもワイヤレスとノイズキャンセリングという、近年の2大トレンドを網羅したヘッドホンの「RP-HD610N」は、HiVi「2019冬のベストバイ」ワイヤレスヘッドホン部門で1位を取得するなど評価も高く、ポータブルオーディオファンの間でもブランドとしての存在感が急速に増してきている(EAH-TZ700も『2019冬のベストバイ』イヤホン部門3で1位を獲得)。
EAH-TZ700に話を戻すが、筆者が本モデルを“衝撃的”と表現した理由はふたつある。1点目は音が猛烈にいい事だ。これは自社開発された、磁性流体を用いたダイナミック型ドライバー「プレシジョンモーションドライバー」の搭載によるもの。
磁性流体は、振動板の正確なストロークと超低歪再生を実現し、更にドライバー後端に設置された「アコースティックコントロールチャンバー」により、ドライバー前後の空気の流れを精密に制御している。これにより、ひとつのドライバーで3Hzの超低域から100kHzの超高域までの広帯域再生を実現しつつ、フラットな周波数特性を確保したのだ。
またEAH-TZ700のハウジング(筐体)は、ドライバーが固定されるポート側が軽量かつ剛性に優れたチタン削り出しで、全体を構成する本体部はマグネシウムダイカストというハイブリット構成としている。
スピーカーではキャビネットの振動が音色に大きな変化をもたらすことは周知の事実だが、実はヘッドホンやイヤホンでもハウジングが共振する事で起こる音質低下はスピーカー同等に影響が大きく、EAH-TZ700では振動モードの違う2種類の高剛性な金属を用いることで、不要共振を排除しているのだ。
ちなみに現在、イヤホンに使われる代表的なドライバーは、ダイナミック型とBA(バランスド・アーマチュア)型という2つのタイプが存在するが、両者は構造上それぞれ得意、不得意な点がある。
ごくごく簡単に特徴を説明するなら、前者はハウジング内に1基搭載されるフルレンジのドライバーで、位相特性に優れ、低域再生に強いが、若干ナローレンジ。後者はドライバーがコンパクトで、高域、中域、低域と複数のドライバーを組み合わせて使用するので、数値的な周波数特性は広いが、位相を合わせるのが難しい。
ひとつ問題なのが、ハイエンドのイヤホンシーンが盛り上がるにつれ、スペックや構造が注目されるようになり、ワイドレンジ化のためにダイナミック型はより大口径に、BA型はハウジング内に多くのドライバーを内蔵し、更にダイナミック型とBA型を組みわせたハイブリットタイプが出現するなど、本体サイズが大きくなる傾向にあることだ。
こう書けば分かっていただけたと思うが、ハイエンドモデルであるEAH-TZ700がこれほどコンパクトなサイズで登場したことは、それだけでもインパクトがあることなのだ。
なおEAH-TZ700は有線タイプで、3.5mmステレオミニプラグに加え、直径2.5mm4極L型のバランスタイプのケーブルも付属している。線材は古河電気工業株式会社の開発した、PCUHD(Pure
Copper Ultra High
Drawability)とOFC(無酸素銅)のハイブリットタイプ。本体との接続部はMMCX端子を採用しているので、コアなファンが音調を変える楽しみとして実践しているリケーブルも簡単にできるのが嬉しい。
ではそろそろ試聴インプレッションをお届けしよう。自宅に送られてきた試聴機は質感のいい専用キャリングケースに入っていた。このケースはイヤホン本体をしっかりと固定しながら、付属の接続コードを収納して持ち運ぶことができる。
EAH-TZ700を手に取った瞬間、軽く小さいボディに感嘆した。ガンメタリックの美しいハウジングに「Technics」の文字が誇らしい。端子周りを含む全体のビルドクォリティも高い。
再生用のDAP(デジタルオーディオプレーヤー)にAstell&Kernの「A&futura
SE100」を使い、筆者がスピーカー、イヤホン/ヘッドホン、カーオーディオ製品まで含めてリファレンスとして使っている、男性ヴォーカル、ホセ・ジェイムズのハイレゾ楽曲『Lean On
Me』(44.1kHz/24ビット)を再生する。
まずアンバランス接続で聴いたが、驚いたのはDAPの再生ボタンをタップして音が出た瞬間だ。「なんというワイドレンジな音だ。しかも、今まで同種のイヤホンでは聴いたことのないくらい情報量が多い」。試聴後にメモを見返すとそう書いてある。
キックドラム、ベース、ヴォーカルの分離がよく、印象的なのはヴォーカルの横方向のわずかな録音のズレさえ表現してしまうこと。この距離感の表現は今までほとんど聴いたことがない。「テクニクスはとんでもないモノを作ったな」と感心した。
次に聴いたクラシックの交響曲、アンドリス・ネルソンス指揮の『ショスタコーヴィチ:交響曲
第6番 &
第7番、他』(96kHz/24ビット)でも圧巻の再生音で、「このサイズから、あれだけの音が出ているのか」と不思議なくらい。コンパクトなハウジングが信じられないほど、解像度の高い音がする。膨大な情報量が多く、本質的な音で、しかもほとんど誇張がないのである。
次にバランス接続でショスタコーヴィチを再生した。オーケストラを構成する各楽器の音像定位が上がり、ホール独得の空気感もきちんと再現される、驚嘆の再生音だ。超高性能なダイナミックドライバーを1基だけ搭載したEAH-TZ700は、不完全なBA型が時々聴かせる位相のズレとは一切無縁で、空間再現性に長けている。
また、ハウジングが小型だから必然的に剛性が高まるのだろうが、固有の色付けを感じない。少々オーバーな表現と感じられるかもしれないが、オーバーヘッドタイプのヘッドホンを装着しているように錯覚してしまうほどだ。
もうひとつ、小型・軽量で疲れないこともEAH-TZ700のアドバンテージだ。これなら外出時に「今日は気合を入れて、いい音で聴くぞ」と気負わなくても持って行ける。付属ケーブルが、タッチノイズが少なくしなやかなことも、良好な装着感を後押ししている。更に言うなら、ハウジングが小型ということは、個人個人の耳の形状に左右されずちょうどいい位置に収まるので、多くの方がベストな音質で楽しめることだろう。
ここ数年のオーディオシーンで、若年層の人気の中心はヘッドホン/イヤホンである。そんな中にあって、先鋭的な技術アプローチにチャレンジしたEAH-TZ700の音はイヤホンの音質の壁をブレイクスルーしたと言っても過言ではないし、これだけの音質を備えながら、驚くほどの小型化を達成した本機は、イヤホン業界に一石を投じる製品になるだろう。
テクニクスは、技術者や企画担当者の音にかける情熱とその高度な技術力を背景に、2014年のブランド復活後、多くのオーディオジャンルでスマッシュヒットを連発している。EAH-TZ700に搭載された数々の技術も、他社ではちょっと真似できないほど高度なものだ。イヤホンの音を知る人間ほど、この音の良さに驚嘆するはずだし、スピーカーメインのオーディオファイルにもぜひ体験してもらいたいと思っている。