イヤホン端子をなくしたアップル「iPhone 7」が登場した2016年頃から、町中で音楽を楽しむ風景は少しずつ変わってきた。今や、スマートフォンやDAP(デジタルオーディオプレーヤー)で音楽を聴く人たちの耳にあるイヤホンは完全ワイヤレスタイプが主流。左右のハウジングを結ぶケーブルを必要としない究極のユーザビリティが魅力で、多くのブランドが参入している。
そして今、満を持してこの一大市場に現れたのがテクニクスとパナソニックだ。テクニクスからは「EAH-AZ70W」が、パナソニックからは「RZ-S50W」と「RZ-S30W」が発表され、一挙に3機種の完全ワイヤレスイヤホンが登場した。
ブランド初の完全ワイヤレスイヤホン開発に際し、3つのコンセプト“Music”“Communication”“Noise Cancelling”を掲げた。Musicは音質向上。CommunicationはBluetoothの接続安定性と、通話品質の向上。そしてNoise Cancellingとは、文字通りノイズキャンセリング性能を更に向上させるための機能だ。このコンセプトを具現化する為に開発された3モデルには、かなり先鋭的な技術アプローチが施されている。
ここでは、価格的に上位に位置づけられるEAH-AZ70Wからアウトラインを確認しよう。本機はテクニクスブランドらしく音質を最優先したモデルで、業界最高クラスのノイズキャンセリング機能と通話機能を搭載し、スマホアプリによる音質調整も行なえる。
EAH-AZ70Wの本体カラーはブラックとシルバーの2色が用意され、スピン加工とツートーンの質感が映えるハウジングのデザインはテクニクスらしく上質だ。注目したいのは、この内部にグラフェンコートのPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)素材を採用するφ10mmのダイナミック型ドライバーを搭載していること。筆者の知る限り、ここまで大型のドライバーを内蔵した完全ワイヤレスイヤホンは少ない。大口径ドライバーを採用すると必然的にハウジングサイズが大きくなるため、ワイヤードタイプ以上に高い装着性が求められる完全ワイヤレスイヤホンでの実装は難しいからだ
しかしEAH-AZ70Wは、大口径ドライバーを採用しながらもハウジングがかなりコンパクトに仕上げられているからすごい。しかも、ドライバー前後の空気の流れを制御する「アコースティックコントロールチャンバー」技術も搭載されているから驚きだ。これは、テクニクスの最上位ワイヤードイヤホン「EAH-TZ700」と同じテクノロジーである。
ノイズキャンセリング機能にも力が入っており、独自の「デュアルハイブリッドノイズキャンセリング」技術を採用。ハウジング外側のマイクでノイズを取り込む「フィードフォワード」回路に演算処理能力が高いデジタル式を採用するほか、耳側のマイクでノイズを取り込む「フィードバック」回路には遅延の少ないアナログ式のノイズ低減機能を採用した。その結果、EAH-AZ70Wは業界最高クラスのノイズキャンセリング性能を実現している。詳しくは後述するが、実際にノイズキャンセリングを試したところ、電車内からカフェまで、つまり暗騒音から人が発する環境ノイズまで幅広く効果があった。
そして完全ワイヤレスイヤホンで大事な接続安定性も優れている。初期に登場した完全ワイヤレスイヤホンは音切れが酷く、都心部の駅周辺などでは使い物にならない製品もあった。EAH-AZ70Wはその問題に対して、きわめて先進的なアプローチで挑んだ。
Bluetoothアンテナ部とタッチセンサーを一体型とした「タッチセンサーアンテナ」を独自開発して、アンテナ部をハウジング外側に配置する仕組としたのだ。電波の方向性を人体の影響を受けにくい方向に飛ぶようにすることで電波の飛びと安定性が向上する。そして、音量可変や早送り、通話のON/OFFに使うタッチセンサーをひとつのパーツが兼ねるので小型化にも貢献。一石三鳥の設計を技術力で実現したのである。
また、スマホやDAPとのBluetooth通信手段にもメスが入れられ、左右独立受信方式を採用している。実はここも大きなトピック。一般的なモデルが採用するリレー伝送方式は、端末から左右片側のハウジング、そこからもう片方のハウジングへと文字通りリレーのように信号が伝わる。しかし、左右ハウジングの間には頭部があり、電波が回り込みづらく特に片側の音飛びが発生する。これに対して直接左右のハウジングに電波を飛ばすことが出来る左右独立受信方式は、接続安定性が大幅に向上する。
なお「左右独立通信方式」としては、クアルコムの「True Wireless Stereo Plus」がすでに実現しており、イヤホン側に同社のSoCチップ「QCC3026」「QCC5100」等を搭載する製品であれば対応する。しかしその機能を享受するためには、再生する側の端末も同機能に対応する必要があり(Snapdragon 845/855等が搭載され、更にTrue Wireless Stereo Plus機能が有効化される必要がある)、それに該当するスマホは限られているのだ。
左右独立受信方式を採用するEAH-AZ70Wなら再生機を選ばないので、多くの端末で接続安定性の恩恵を受けられる。更に本方式はレイテンシー(音声遅延)も少なく、動画視聴時の映像と音声のズレも最小限とアナウンスされている。
「EAH-AZ70W」は、テクニクスの名にふさわしい注目機
このように、音質と同等に基本性能が高いEAH-AZ70Wだが、本モデルは3モデル中唯一のテクニクスブランドという事で、皆が気になるのは音質だろう。今回はアップルの「iPod touch」と「iPhone X」を用い、AACコーデックでBluetooth接続してクォリティチェックを行なった。EAH-AZ70Wはノイズキャンセリングモードの他に、外音を取り込むアンビエントモードとモードOFFの3モードを備えているので、まずはノイズキャンセリングOFFの状態で試聴した。
今年のグラミー賞で衝撃のデビューを飾った、ビリー・アイリッシュ『バッド・ガイ』のデジタル楽曲ファイルを聴いた。一聴して躍動感を感じるサウンドで、高域は若干ブライト、低域はソースに忠実な質感を持ちながらも適度にブーストされ重量感がある。分解能は価格以上のものがあり、ヴォーカルが近過ぎず遠過ぎず適度な距離感で定位していることも印象的だ。
クラシックからチェロの協奏曲、宮田大、トーマス・ダウスゴーによる、『エルガー:チェロ協奏曲/ヴォーン=ウィリアムズ:暗愁のパストラル』では、オーケストラを構成する弦楽器の分解度が高く、聴感上の周波数レンジが広い。特にソリストのチェロの表現力が高く10mm口径のダイナミック型ドライバーの効果を如実に感じる事が出来た。本機を含め3モデルは、aptX/aptX HDに対応していないのが唯一惜しい点だが、今回はiOSなのでAACでの再生が可能だった事と、ドライバーやハウジング周りの性能が特に優れており、音質は予想以上のものがある。
また音質以外にもアドバンテージは多く、大きくは3つある。1点目は、タッチセンサーの感度とレスポンスの具合が良好なこと。完全ワイヤレスイヤホンでは、スマホやDAPを操作する機会が激減するが、その代わりに大切なのがタッチセンサーのユーザビリティで、機能表などには現れないレスポンスまでもしっかりとケアされている事が嬉しい。
2点目は、接続安定性の高さだ。電波状況に不利な繁華街で試してみたが、音切れも最小限に抑えられており、アンテナの設置位置と左右独立受信方式の効果を如実に感じる事ができた。
そして3点目は、EAH-AZ70Wのノイズキャンセリング能力がたいへん優秀だった事。ノイズキャンセリング自体の能力が高く、電車中での暗騒音「ゴー」という音、街中の雑踏に加え、カフェなどでの話し声まで、幅広い周波数帯域でかなり高い効果を感じた。また、ノイズキャンセリングをONにした場合の音質低下が最小限に抑えられている事も特筆点である。
iOS/Androidスマホ向けの専用アプリ「Technics Audio Connect」を用いると、ノイズキャンセリング機能を100段階で調節したり、ノイズキャンセリング/アンビエント/OFFモードの切り替えや、音質調整、さらにイヤホンを紛失した際、最後にBluetoothとの接続が切れた場所を片耳ずつ確認出来る検索機能もある。日常使用での使い勝手もすこぶる良好だ。
また、通話品質についても筆者の感覚では最高レベルに達している。というのも、本機にはパナソニックのデジタルコードレス電話の通話品質向上技術が取り入れられており、ノイズキャンセリング用の2基のマイクとは別に通話用のマイクも設けられている。さらに、話した音声を明瞭に相手側に届ける「ビームフォーミング技術」や、マイクに届く導入路を複雑化した形状で作り、風切音を低減する「ラビリンス構造」も採用するという徹底ぶりだ。
10mmドライバーを搭載する割にコンパクトに抑えられたハウジングと、イヤーピースも含めたフィット感がよく、装着性も悪くない。また、15分の急速充電で70分の再生(ノイズキャンセリングON/AAC再生時)に対応することやIPX4相当の防滴性を備える点にも注目したい。
このように全方位的な完成度の高さを見せるEAH-AZ70Wだが、同社ハードウェア開発部の主幹技師、小長谷 賢氏によると、10㎜のドライバーを搭載し、音質を犠牲にすることなく小型化を達成したのは、開発初期より機構設計者、無線設計者との連携した推進があったからとのこと。またノイズキャンセリングのセッティングでは相当の時間をかけた追い込みを繰り返し完成度を高めたという。
ドライバーの大きさだけでその音質を推し量ることは出来ないが、ハウジングを含めた総合的な音質対策のおかげもあってEAH-AZ70Wは完全ワイヤレスイヤホンとしてかなりクォリティの高いモデルになっている。
新製品3機種は、オーディオファンと音楽ファンのどちらも楽しめる
なお今回、別途パナソニックブランドの「RZ-S50W」「RZ-S30W」のサウンドも確認した(そのインプレッションは URL を参照)。
https://online.stereosound.co.jp/_ct/17348403
取材を通して感じたのは、EAH-AZ70W、RZ-S50W、RZ-S30Wはいずれも価格対音質の満足度が高く、更にワイヤレス化によるユーザビリティの高さと、ノイズキャンセリング性能、接続安定性、通話時の品質など、まさに完全ワイヤレスイヤホンのアドバンテージを如実に感じる事ができる完成度である。完全ワイヤレスイヤホンは現在の全オーディオジャンルにおいても一番注目と競争の激しい世界だが、そのような中で満を持して投入された3モデルのクォリティの高さには驚くほかない。
その中でもEAH-AZ70Wは音質のよさ、RZ-S50Wは全方位的なコストパフォーマンスの高さ、RZ-S30Wは小型軽量な事による装着感のよさと、聴き心地のいいフレッシュなサウンドを両立している事が強く印象に残っている。つまり、3モデルはキャラクター的なメリットが際立っているのも面白い。
また、ハウジングの成形技術やタッチセンサーとアンテナを統合した技術力、更に効果の高いノイズキャンセリング技術、Bluetoothの安定性を高める独自機能など、開発力のあるメーカーだからこそ実現した独自技術が多数搭載されていることにも驚嘆する。オーディオファイルと音楽ユーザーが求める要素を高い次元で両立した注目新製品と言えよう。