音元出版 analog vol.60より
Text by 小原由夫 Yoshio Obara
Photo by 田代法生
いまからおよそ50年前。日本から登場したひとつのレコードプレーヤーが、世界中のアナログの歴史を一変させた。そのプレーヤーこそが、テクニクスの伝説的銘機『SP-10』。特にSP-10mk2/mk3はいまなお多くのユーザーを魅了し続けており、生産完了となって数十年経つにもかかわらず「世界最高峰」としてアナログファンの憧れであり続けている。そんな「伝説」がふたたび「現実」となって、オーディオファンの前にその姿を表した。現在のテクニクスのレファレンスを示す「R」を名づけられたSP-10R、そしてSL-1000R。いま、最も注目される本機の「素顔」をさまざまな観点からたっぷりとご紹介したい。
「エポック・メイキング・イヤー」として2018年は刻まれることになる
ついに現代に復活したテクニクス全盛時代の「象徴」
2018年はアナログオーディオ史におけるエポック・イヤーとして刻まれることだろう。それはテクニクスが伝説のダイレクト・ドライブ・ターンテーブルSP-10を復活させた年として、私たちの記憶に残るに違いないからだ。
14年にパナソニックがオーディオブランド「Technics」を復活させた際、社内的にはアナログオーディオ商品化の計画は、実はまったくなかったという。しかし日が経つに連れ、SL-1200の復活を望む声が届き始め、ハイファイ的要素を高めたSL-1200GAE(レギュラーモデルとしてはSL-1200G)が企画・開発された。そうなれば当然ながら、ブランド全盛時代の象徴的存在であったSP-10の復活待望論が起こるのは想像に難くない。それでも、テクニクスの技術陣は明言を避けてきたのである。
最高精度を誇るモーターと極限まで追い込んだ慣性質量
ダイレクト・ドライブ方式は理想的なターンテーブルと言われる。しかし、そこにはいくつもの高いハードルが立ちはだかる。駆動モーターにまつわる技術的難題だ。ひとつには、一般的なモーターよりも遥かに回転数が“遅い”ものを専用に開発しなければならないこと。ふたつめは、再生音に直結するため、モーターの回転精度を極限まで高めねばならないことだ(特に一般には問題視されることの少ないコギング、回転ムラを解消せねばならない)。これらの点が、実は大仕事なのである。
SL-1200GRの発表からほぼ1年の間、技術陣はSL-1200Gのモーターをブラッシュアップする作業に入った。その中で、既存モデルでは1枚だったステーターコイルを2枚重ね、なおかつ両面のコイルを60度ずらすことでコギングを圧倒的に減らせることが分かった。同時にコイルを表裏で重ねたことで基板の剛性が上がり、トルクのアップとワウ・フラッター低減とも相まって、モーター自体の完成度が著しく高まったのである。こうして裏表で都合18枚構成のコイルを擁するコアレス・ダイレクト・ドライブ・モーターの骨格ができ上がった。
また、モーター用部材の細部も改めて吟味され、モーター底面の金属製プレートを鉄板からステンレスに変更したり、10㎜厚の亜鉛ダイキャスト製モーターベース、重心と回転中心のズレを整える目的からステンレス製ウエイトをシャーシ下部に加えるなど、さらなる高剛性化と低重心設計が徹底されている。
驚異的なまでの慣性質量を実現
プラッターは10㎜厚の真鍮とアルミダイキャスト、高減衰ラバーによる3層構造。さらにこの製品を特徴づけている、プラッター最外周部に埋め込まれたタングステン製ウェイトが、慣性質量を1t・㎠近くまで高めることに寄与している。このタングステンは、もともと白熱電球のフィラメント用材料を他分野で活用できないかと模索していたグループ会社のライティング部門との技術協力から誕生した。高槻市で製作されたタングステンの丸棒を切断・加工し、10㎜厚の真鍮とぴったり勘合している。また、プラッターの質量バランス調整はSL-1200Gに比べて5倍の精度まで追い込んでいる。
現代最先端を凝縮したコントロールユニット
ターンテーブルを駆動するコントロールユニットには、スイッチング電源を内蔵。リニア電源を採用しなかったのは、急激なトルク変化に素早く追従するにはスイッチング電源の方が有利という判断から。一方では、同方式特有のパルス状ノイズを除去するアクティブなノイズ検出回路を組み込むなど、万全の対策を図っている。
また、今回ターンテーブルではストロボスコープの搭載を止めた。その代わりというわけではないが、コントロールユニット側に0・01rpm精度で最大約±16%まで回転数を調整する機能を設けた。さらに、5段階のトルクコントロールも新規追加され、音質の微妙な調整が可能となった。これらの数値は、前面の有機ELディスプレイで確認することができる。
蛇足ながらこのコントロールユニットは、そのサイズ/ケーブル長ともSP-10mk2のそれとぴったり揃えられている。設置場所を変えずにリプレイスすることができるというわけだ。
SP-10Rについても、各部の寸法や取りつけ穴位置が旧モデルのSP-10mk2/mk3と互換性があり、当時他社から発売されていたターンテーブルベース等からそっくり載せ代えることができる。これは旧モデルのユーザーに嬉しい配慮だ。
5層にも及ぶベースを持つSL-1000R
SL-1000Rは、SP-10Rを30㎜厚の無垢削り出しアルミパネルとBMC(バルク・モールディング・コンパウンド)による2層構造ベースシャーシにビルトインしたもの。システム全体で5層構造の筐体となる。
それを支えるインシュレーターは、特殊シリコンラバー「αゲル」を亜鉛ダイキャスト製ハウジングに収めたもの。そのクッション性を、リジットにしたい場合に併用するステンレス製スペーサーも付属する。
搭載されたトーンアームはジンバルサポート式/スタティックバランス型で、一見するとSL-1200Gに搭載されたそれと違わないように見えるが、10インチのセミロング仕様になっており、5ピン出力端子等、より高精度なパーツを採用している。また取りつけアームベース部も、より広範囲のカートリッジに対応するべく、高さ調整範囲が拡大している。
なお、SL-1000Rはアームベースを追加することで最大3本のトーンアームが取りつけられる設計になっているのも見逃せない(対応するトーンアームは別記一覧を参照)。
最後に、本機のカタログや宣伝記事等では、真鍮のゴールドのプラッターが見栄えの美しい姿を現わしているが、レコード再生時はSL-1200G等に付属していたものとまったく同じターンテーブルシートを用いる。これについても改めてさまざまな材料/配合で試聴テストを繰り返したそうだが、オリジナルに勝るものはないという結論だった。
「信号をえぐり出す」という表現がむしろしっくりくる
今回は、SL-1000Rの試聴に際し、追加アームベースを用意してトーンアーム3本を組み合せるというゴージャスなテストを敢行した。
純正アームとオーディオテクニカAT-ART1000の組み合わせでは、まさしくダイレクト感の強い生々しい音が聴けた。それは音溝から信号をピックアップするという生易しいものではなく、えぐり出すという表現がむしろしっくりくる。『夢で逢えたら』の「吉田美奈子2018」では、圧倒的な歌唱の求心力に鷲掴みにされた感じで、ART1000だからこその生々しさと臨場感に胸をうたれた。またS/Nの高さも素晴らしく、チョン・キョンファの『バッハ/無伴奏パルティータ』の「シャコンヌ」における、静寂の中から突如浮かび上がるヴァイオリンの精密なフォルムにも驚かされた。チョンのすさまじい集中力とテンションの高さが再生音から見事に迸しり、私はしばしば金縛りにあったような状態となった。ヴァイオリンという楽器の表情の奥深さと多彩さにも改めて聴き入った。
イケダ9XX+同IT-345 CR-1との組み合わせでは、厚みのある中低域と低重心の、全体に強い音が楽しめた。スティーリー・ダン『Aja』の「アイ・ゴット・ザ・ニュース」では、同じパターンを繰り返すドラムの音が一本調子にならずにグルーヴ感にうねりを感じたし、ギターソロのサスティーンやコーラスの分離に細やかなニュアンス描写をみた次第だ。
オルトフォンのロングアームAS-309Sには、同社のMC-Q30Sを接続した。ここで聴いた「シャコンヌ」は、純正アームとの組み合わせよりもさらに分厚く力の入った演奏になった。聴き慣れたトーンバランスで安心できるものの、要所での抑揚感や音程の鮮明さに、やはりSL-1000Rならではのインパクトがある。スティーリー・ダン「アイ・ゴット・ザ・ニュース」でも、スネアのアタックやホーンアンサンブルの分離等が実に心地良い。
ここでトルクコントロールを試してみた。コントロールユニットの〈RESET〉ボタンと〈+〉〈-〉を同時に押すことで調整可能なモードとなる。初期設定は最大トルクの「5」である。
このポジションでは、ローエンドのがっちりとしたタイトなサウンド。引き締まった低域を基調にグーンと伸びる印象だ。最小の1にすると、低域の質感が丸くなったように感じられ、中域は瑞々しさが増すようになり、管球アンプでいうところの偶数次高調波歪みが増して聴き心地が良いくなる感じに似ていなくもない。この辺りは音の好みや音楽ジャンルに応じて使い分けてもいいだろう。
10mm厚の真鍮とアルミダイキャスト、高減衰ラバーの3層からなるプラッター。SL-1200Gと比較して実に5倍まで追い込まれた制度の証として、裏面には「BALANCED」の文字が刻まれる
SL-1000Rにのみ用意されるトーンアームの出力端子は、5ピンDINを採用。そのすぐとなりにあるのが、特殊シリコンラバー「αゲル」を採用したインシュレーター。亜鉛ダイキャストハウジングの外装と相まって、徹底的に外部振動を遮断し、優れたハウリングマージンを実現した
SL-1000R/SP-10Rではモーターをさらにブラッシュアップ。ステーターコイルを2枚重ねとし、両面のコイルを60度ずらすことで大幅にコギングを抑制することに成功した
SL-1000Rの付属品。3つのサブウエイトや7インチアダプター、オーバーハング調整用の治具のほか、インシュレーターをリジッド化するためのアタッチメントが付属する
SL-1000Rは、メインアームも含めて最大3本のトーンアームをマウントすることが可能。オプションのアームベースもアルミ削り出しで切削されている
SL-1000Rに搭載されたトーンアーム。高い減衰特性を持つマグネシウムパイプを採用したほか、べアリング等を高精度化。高さ調整はベースと一体になったダイヤルで行うなど、使いやすさは随一だ
SL-1000Rに用意されたトーンアームベースのラインアップ
※いずれも¥100,000(税別)
対応機種名 | 対応ブランド | 機種品番 |
---|---|---|
SH-TB10TC1-S | Technics | EPA-100mk2 |
SH-TB10SM1-S | SME | M2-9R |
SH-TB10SM2-S | SME | M2-12R |
SH-TB10RT1-S | Ortofon | AS-212S、RS-212D |
SH-TB10RT2-S | Ortofon | AS-309S、RS-309D |
SH-TB10JL1-S | JELCO | SA-250 |
SH-TB10JL2-S | JELCO | SA-750L |
SH-TB10KD1-S | IKEDA | IT-345 CR-1 |
SH-TB10KD2-S | IKEDA | IT-407 CR-1 |
SH-TB10-S | - | 未加工品 |
まったくの別次元へと進化した究極のダイレクト・ドライブ・プレーヤー
旧タイプと入れ替えるべきときっぱりと進言したい
SP-10Rの試聴は、千葉のGTサウンドが製作したオリジナルベースに搭載したものを準備した。バーチ材の積層合板で(同店のスピーカーエンクロージャーと同様の材料)、厚みは84㎜。下部をそっくりくり抜くのではなく、ターンテーブルを埋め込む形で固定する構造。GTサウンドのスタビライザーとターンテーブルシートを併用して聴いた。
イケダ9XX+ロングアームIT-407 CR-1の組み合わせでは、ずっしり安定したエネルギー感で、全体のトーンはたいそうトルクフル。聴き慣れたメル・トゥーメのライヴ盤がガツンと力強く、逞しく感じられた。ジョー・ヘンダーソンの『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード Vol.1』ではロン・カーターのベースがどっしりと鎮座。シンバルのチクッチクッという音がテンポを正確に刻んでいき、ジョーヘンのテナーサックスが極太の分厚さで迫る。
グランツのロングアームMH-124Sには、フェーズメーションPP-2000を組み合わせた。チョン・キョンファはヴァイオリンの音像がまさに屹立する感じで、余韻にまったく隙がなく、アーティキュレーションが実に鮮やかだ。「夢で逢えたら」の吉田の歌唱には年相応の老いも感じられるのだが、それが却って情感的な迫真性を生み、むしろ凄味さえ感じる。張り上げた声のヴィブラートがぶれず、定位が崩れないのは圧巻だ。
もしもSP-10mk2/mk3ユーザーで、本機との入れ換えを躊躇しているのであれば、交換すべきだときっぱり進言したい。SP-10R/SL-1000Rは、まったく別次元である。SP10mk2ユーザーでもある私も、この試聴を通じてダイレクトドライブ方式の進化と深化に、いい意味で打ちのめされた心境だ。
SP-10Rの試聴にあたっては、今回はGTサウンド製のベースを用意。84mm厚の積層バーチ材を巧みにくり抜いたベースとなる。基本的なサイズはSP-10mk2/mk3と同一なので、もしこれらをお持ちなら本体だけを載せ替えることもできる。このほか過去にテクニクスから発売された「SH-10B3」や、サエク製のベース等などにも当然マウント可能だ。
※写真のGTサウンド製ベースの取り扱い:G.T.サウンド
主な試聴ディスク
- 1
- 2
- 3
- 4
- 5
- 【POPS】『大瀧詠一作品集Vol.3 夢で逢えたら』V.A.(ソニー・ミュージック/SEJL-1120)
- 【CLASSIC】『バッハ:無伴奏パルティータ』チョン・キョンファ(ワーナー/0190295713928)
- 【ROCK】『彩(Aja)』スティーリー・ダン(ABC Records/AA 1006)
- 【JAZZ】『THE STATE OF THE TENOR LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD VOLUME 1』/ジョー・ヘンダーソン(BLUE NOTE/BT 85123)
- 【JAZZ】『An Evening With George Shearing And Mel Torm?』George Shearing And Mel Torm?(Concord Jazz/CJ-190)