岩崎宏美 × Technics CTO 井谷哲也 レコードの日スペシャル対談
レコード・リスナーのあいだでは、音楽・秋の文化祭として定着、5年目を迎えるアナログ・イベント レコードの日。毎年さまざまなアーティストから素敵な限定レコードなどのアクションのあるイベントだが、このイベントで3年連続 5タイトルものアルバムをレコード化していらっしゃるのが岩崎宏美さん。そして、Technics CTO として現行のTechnicsシリーズの開発をなさっているパナソニックの井谷哲也さん。以前より井谷さんは「岩崎さんの歌声はアナログレコードにぴったり」と、各地のリスニングイベントなどでも岩崎さんのレコードを持ち歩かれているとのこと。
ここでは レコードの日に、今年も岩崎さんが新作をアナログ化なさったことを祝し、久方ぶりの対談を行ってもらいました。
文:今井智子
写真:石田昌隆
ヘアメイク:朝岡美妃
ーー岩崎さんは11月3日の「レコードの日」に、『Dear Friends VIII 筒美京平トリビュート』のアナログ盤をリリースされますね。
岩崎 はい、また「レコードの日」に参加できてよかったと思っています。これはジャケットが本当に綺麗に撮れたので(笑)。レコードからCDになった時はデザイナー泣かせの時代になってしまって。せっかくいい写真が撮れたのにコンパクトになっちゃって、というのがありましたけれど、このジャケットの大きさはLPならではの醍醐味ですよね。
井谷 この作品いいですね。私は2年前に、岩崎さんが『Piano Songs』と『Hello! Hello!』をアナログでリリースされる時に、事務所の方に、『Dear Friends』シリーズをアナログでお願いしますとお伝えした記憶があるんです。このシリーズは、宏美さんの声を中心に、わりと小編成の曲が多くて、すごくアナログに向いてる音源じゃないかと思ったんですよ。
岩崎 そうかもしれませんね。
井谷 楽曲の選び方とか、ご本人もおっしゃってますけど、低音の魅力というか、暖かいヴォーカルが、アナログだとよく出てると思います。
岩崎 ありがとうございます。やはりアナログの音は、ふくよかですよね。
井谷 ファンとしてお願いしたいのは、このシリーズで洋楽のカヴァー・ヴァージョンを作って欲しいですね。
岩崎 前にも言われました(笑)
井谷 私なんか70年代の洋楽で育ってきているんで。あの頃って、いい曲が多いじゃないですか。
岩崎 ほんと、カーペンターズとかね。私、1975年4月25日に「二重唱(デュエット)」でデビューして、10月に初めてのコンサートを芝の郵便貯金ホールでやったんです。その時は「デュエット」と「ロマンス」しかなかったので、「他に何か歌いたい曲がありますか?」って言われて、ロバータ・フラックのナンバーを歌いたいとお願いしました。
井谷「やさしく歌って」ですね。
岩崎 そう、それと、ポール・マッカートニーの「マイ・ラブ」。その2曲は日本語で歌っているんですよ。
井谷 日本語詞は誰かが訳したんですか?
岩崎 多分どなたかが書いてくださったんだと思います。(「やさしく歌って」訳詞:増永直子 「マイ・ラブ」訳詞:櫛田露孤)
1曲目は「希望」(岸洋子の代表曲のひとつ)だったんですね。そして、エンディングでは「愛の讃歌」を歌っているんですよ(笑)。16歳ですよ!
井谷 越路吹雪さんの。
岩崎 その時のコンサートが『ロマンティック・コンサート』っていうライヴ盤になっています。
井谷 花束をもらう時にノイズが入っている。
岩崎 そうそう、よくご存知ですね。
井谷 その当時、宏美さんのレコードがあまり買えなかったんですよ、お金がなくて。それで持っていた友達にダビングをお願いして、聴いたらノイズが入っているから「これおかしいんじゃないの?」って言ったら、「元から入っているんだよ」って。それで覚えているんですよ。
岩崎 当時は、うまく喋れないから全部台本があったんです。喋りになると、とにかく覚えているセリフを早く言ってしまおうと思うから、すごく早口になるの(笑)。今だったら、ぜったいそれはレコードにしないでくださいと言えますが、あの頃はそういう時代じゃなかったから(笑)。
井谷 今日は、これを持ってきたんです。
岩崎 『Super record』?スティーヴィー・ワンダーかと思った(笑)
井谷 これは、テクニクスの展示会でいまだに使わせていただいているんですけど、82年にビクターさんにテクニクスが依頼して作っていただいたんですよ。店頭での販促用と、商品を買っていただいた方への特典で。すごくいい選曲なんです。それで、1曲目が「聖母たちのララバイ」。
岩崎 他もビクター所属の方たちですか? サリナ・ジョーンズや阿川泰子さん、フランク永井さん、森進一さん。渡辺貞夫さんもビクターだったんですね。(82年はCBSソニーなので以前の曲か?)
井谷 我々の世代でオーディオ・ファンは、宏美さんを聴いて育った人が多いので、今でもこれをかけると受けますよね。
岩崎 それは嬉しいですね。井谷さんはご自宅では本格的なオーディオセットで聴いているんでしょう?
井谷 そうですね。もう二人暮らしなんで、子供が使っていた部屋を改造して私のリスニング・ルームにしているんです。
そこに私が篭っているから、家内もその方がいいみたいですよ(笑)。
岩崎 どんなのをお聴きになるんですか?
井谷 いろいろ聴きますよ。もちろん岩崎さんの作品も聴きますし、仕事上聴かなきゃいけないものもありますし。
岩崎 前にラジオ番組をやられていたじゃないですか、あの時にキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」をかけられていて。私もあれは、本当にくたびれた時とか、よく聴きます。いいですよね、どんな時間でも合いますよね
井谷 あれはいいですよね。最近、西ドイツのオリジナル盤がいいと言われて、わざわざ買ったんですよ。たまたま出張で行ったホテルのそばにレコード店があって、店頭に置いてあったので、ああこれだって(笑)。
岩崎 違うんですか? 聴き分けられるのがすごいですよね。私のファンの方も、コンサートが終わってから握手会をやっていて、レコードを持ってきてくださった方にはサインを入れているんですよ。プレイヤーを持ってらっしゃるんですかって訊くと、持っている方もいるし、持っていないとおっしゃる方もいて。そういう方に今度はプレイヤーをお勧めするといいかもしれないですね(笑)
井谷 アナログは、聴き手が手間をかけるから、音楽との距離が近いと常々思っているんですよ。CDやデジタル系は、ポチッと押せば音が出るじゃないですか。その”ポチッ”の向こうで何かをやっているという感覚があるんで、ちょっと距離感があるんですけど、アナログって溝が見えていて、それが音になるわけだから。
岩崎 レコード盤を拭いたり、スプレーかけたりね。レコードを入れるビニール袋って、出る部分を上にするので合っているんですか?
井谷 そうですね。で、角を折り曲げて。
岩崎 折り曲げて?
井谷 人によって流儀があるみたいですけど、そういう流儀があるのが、アナログの面白さですよね。だから距離が近いと思えるんですね。