小袋成彬「テクニクスはDJカルチャーのインフラ」レコードで音楽を聴くことの喜び 最新作「Zatto」で歌う等身大の自分

世界中のDJやミュージックラバーが全幅の信頼を寄せてきたTechnicsのターンテーブル「SL-1200」シリーズ。その最新モデル「SL-1200 MK7」は、Technicsのレガシーを受け継ぎながら随所にアップデートが試みられた、日本が世界に誇るターンテーブルだ。
そんな「SL-1200」ユーザーの1人がシンガーソングライターの小袋成彬。彼は2019年にロンドンへ移住し、先頃新作「Zatto」を完成させたばかり。国産のブランドでありながらグローバルに浸透しているTechnicsと、国際的視野をもって表現活動を展開している小袋。両者のスタンスには共通点も少なくない。今回は「SL-1200 MK7」で小袋の愛聴盤を聴きながら、あふれんばかりのレコード愛をたっぷり語ってもらった。
取材・文 / 大石始 撮影 / Goku Noguchi 取材協力 / club bar FAMILY

忘れられないレコード体験

ー 最初に買ったレコードを覚えてますか?

17、8歳の頃にスピーカー付きのポータブルのレコードプレイヤーを手に入れたんですよ。何かレコードを買ってみようと思って、浦和のPARCOでやっていた中古レコード市でYMOの「サーヴィス」(1983年)を買いました。それまではiPodでMP3を聴いてましたね。

ー 初めてYMOのレコードに針を落としたとき、どんなことを感じたか覚えてますか?

音、悪いなと思いました(笑)。そもそも再生してるのがポータブルのプレイヤーなので、音が悪いのも当然なんですけど。わざわざこんなもので音楽を聴く人がいるんだなと当時は思ってましたね。

ー レコードを集め出すきっかけはなんだったのでしょうか。

いくらデジタルで掘ってもたどりつけない曲ってあるんですよ。例えば100枚ぐらいしかプレスされないリミックスとか。そういうものを聴きたければレコードを買うしかなくて、それでレコードを集めるようになりました。ロンドンでフローティング・ポインツが主宰しているレーベル・Melodies Internationalの人たちと出会って、彼らがいいレコードをいいスピーカーで聴くという体験をさせてくれたことも大きかった。フローティング・ポインツが住んでいた家に今はMelodies Internationalのボスが住んでいて、そこには自作のミキサーやフローティング・ポインツの機材が残っているんです。それでレコードをかけてくれたことがあって。そのときの感動はいまだに忘れられないですね。音の粒立ちが丸くて、音が温かいというのはこういうことかと。それからどっぷりレコードにはまってしまいました。

ー そのとき聴いたのはどんなレコードだったんですか?

ドン・チェリーでした。それまでデジタルで聴いていたものとはまったく違う体験だったんですよ。音を物理で聴くというか、キックの音も音波となって体を突き抜けていくような感じがしました。

レコードに針を落とす、尊い行為

ー ロンドンは豊かなアナログ文化が息づいている町でもありますよね。

そうですね。みんな音楽に対する愛が尋常じゃないんですよ。誰かの家に遊びに行って、そこでレコードを聴くという行為自体、温かいものだと思うんです。わざわざレコードをターンテーブルの上に乗せて、針を落とし、音で友達をもてなす。Bluetoothで音をかけるのとは違うと思うし、その行為自体が尊い。ロンドンでレコードにまつわるものすべてが好きになっちゃったんですよ。

ー ロンドンではどんなレコードを集めているんですか?

ジャズの旧譜がほとんどじゃないですかね。ジャズDJってロンドンでもそんなにいなくて、俺はジャズ担当です。最近のものもかけるといえばかけるけど、1970~90年代のものが多いですね。

ー 仕事以外で音楽を聴くときは何で聴くことが多いんですか。サブスクも使いますか?

移動中はサブスクで聴いてますけど、部屋ではレコードでジャズを聴くことが多いですね。ただ、じっくり音楽と向き合うという感じではなくて、BGM的にかけることが多いです。ジャズのレコードをかけながら、大谷翔平の試合を無音で流してお酒を飲む。レコードはいっぱい買うんですけど、1回も針を落としてないものもけっこうあるんですよ。そうやって聴きながら「あのレコードとつなげられるかも」みたいにチェックすることが多いかも。作品の制作期間中はインスピレーションを求めてレコードを聴くこともあります。このブルージーなコード、いいなとか。

最新作「Zatto」への影響は?

ー 音楽環境の変化、あるいは聴くレコードの変化は今回の作品「Zatto」にも影響しているのでしょうか。

もちろん影響していると思います。今回の音は昔のレコードを聴いていないと出ない音だし、曲の長さも現代の若者には耐えられない長さだと思います(笑)。今の音楽としてのキャッチーさを求めたら、長いイントロとか必要ないですよね。再生回数のことを考えたら6分の曲なんて作らず、2分の曲を作ったほうがいいですよね。

ー 音の質感にも影響はありそうですね。

そうですね。現代のトラップを聴いたあとに「Zatto」を聴くと、音がすごく小さく感じると思うんですよ。でも、そのかわり音のレンジが広い。デカい音に合わせてピークを作っているので、最大音量にすると気持ちのいい音にしてあります。

ー 音が小さく感じるというのは、無理に音圧を上げていないということですね。

そうです。これ以上音圧を上げるとポップにはなるんですけど、何か違うんですよ。塩味が強いとおいしく感じるけど、食べ続けているとしんどいじゃないですか。そういう感じです。

Technicsはインフラ

ー Technicsというブランドに対してはどのようなイメージをお持ちですか?

DJカルチャーを下支えしているインフラのような存在。俺たちにとっては現場にあるものであり、1つの楽器として使われてるイメージがあります。

ー ロンドンのクラブやサウンドシステムのターンテーブルもTechnics製のものが多いんですか?

あまり意識することはないですけど、Technicsのターンテーブルを置いてるところは多いと思います。向こうのDJたちからの信頼も高いと思いますよ。「今日のタンテは何? お、Technicsだ、大丈夫」っていう。

ー ちなみに、普段使用しているターンテーブルは?

ロンドンで買った「SL-1200」を使っています。

ー 今回は「SL-1200」シリーズの最新機器である「SL-1200MK7」を用意していただきました。ケーブルを着脱できるようになっていたりと、自分なりのカスタマイズができるようになっているところがポイントだそうです。使ってみていかがでしたか?

以前「MK7」を触ったことがあるんですけど、だいぶ音が違っていて驚きました。回転性能がよくなっているので、音質もだいぶ違うようですね。

小袋成彬が「SL-1200MK7」で聴きたい3枚

ー 今回は小袋さんの愛聴盤を3枚ほど持ってきていただきました。1枚目はなんでしょうか。

ディアンジェロの「Black Messiah」(2014年)です。「Zatto」と同じエンジニア(ラッセル・エレバド)が作っているので、こういう音になるだろうなという鳴りの参考にしていました。ラッセル・エレバドはデジタルプラグインを一切使わないんです。温かくて太くて腰がある。「Black Messiah」もとんでもない鳴りをしてるんですよ。

ー 2枚目は?

ハービー・ハンコックの「Directstep」(1979年)です。俺のDJを聴いたことがある人はまたこれかよと思うかもしれないんですけど、これ、マジで最高なんですよ。日本のCBSソニーがダイレクトカッティングで作った作品で、日本人スタッフも関わってます。笠井紀美子の「Butterfly」をハービーのバンドで録音したとき、ついでに録った盤なんですけど。

ー 今かけていただいているのは「Shiftless Shuffle」。この曲、リズムチェンジするところがすごいですね。

ヤバいですよね! DJだとあそこでみんなブチ上がるんです。

ー ベースのプレイがまたすごいですね。これは誰が弾いてるんですか?

ポール・ジャクソンです。これ、けっこういろんなところで紹介しているので、そろそろレコードの値段が上がっちゃうかもしれない。買うなら今のうちですね。

ー では、3枚目の紹介もお願いします。

カイ・アルセっていうアトランタのハウスDJがいるんですけど、その人がカマシ・ワシントンの「Askim」という曲をリミックスしていて。その音源が入ったレコード「Kamasi Washington, Gregory Porter / Kai Alcé Interpretations」(2019年)を持ってきました。これが涙が出るほど感動的なハウスなんですよ。

ー これまた素晴らしいですね。

まさにレコードじゃないと手に入らなかった曲です。これを聴ける人生ってうれしくないですか? このソウルフルでスピリチュアルな感じをレコードで聴けて、ありがてえって思っちゃうんですよね。

ー DJでもよくかけてるんですか?

めっちゃかけます。かけすぎてバレてきてるから、これ級のレコードを探さないといけないんです。

ー こうして3枚のレコードを厳選していただいたわけですが、まもなく「Zatto」もレコードでプレスされるわけですね。

いつかこの3枚に並ぶものを作りたいんです。自分にとっては大きなステージで活動するより、究極の1枚を作ることのほうが重要なんですよ。最初はそんなことを考えてなかったんですけど、最近はそこを目指して音楽をやっていますね。

※音楽ナタリー掲載記事より再構成

PROFILE / 小袋成彬(オブクロナリアキ)
1991年生まれ。埼玉県さいたま市出身、イギリス・ロンドン在住のミュージシャン。繊細かつ力強い歌声と綿密なアレンジスタイルが特徴的で、日本と海外の音楽シーンをつなぐ活動を展開している。立教大学を卒業後、プロデューサーのYaffleとともに音楽プロダクション「TOKA」を設立。柴崎コウやOKAMOTO'Sなど数々のアーティストの作品に携わっている。2018年に宇多田ヒカルをフィーチャーしたシングル「Lonely One」でメジャーデビュー。2018年4月発表のデビューアルバム「分離派の夏」は「第11回CDショップ大賞2019」、2021年のアルバム「Strides」は「SPACE SHOWER MUSIC AWARDS」にノミネートされた。2019年以降、活動拠点をイギリスに移し、ジタムやDreamcastmoeなど世界各国のミュージシャンとのコラボレーションを展開。2025年1月に3年ぶりとなるフルアルバム「Zatto」をリリースし、2月には初のエッセイ集「消息」を発表した。
SL-1200MK7

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